2008年12月 のアーカイブ

ダウンロード違法化の問題点1-1 : 「情を知って」の「情」とは何か

2008年12月25日 木曜日

はてなブックマークでのコメント

http://jillesa.net/blog/2008/12/fault-of-illegalizing-1/“>前回エントリについて、はてなブックマークでhttp://b.hatena.ne.jp/entry/http://jillesa.net/blog/2008/12/fault-of-illegalizing-1/“>コメントをいただきました。

http://b.hatena.ne.jp/dambiyori/20081224#bookmark-11411065“>dambiyori 著作権 ここで「情を知って」が生きてくる?

http://b.hatena.ne.jp/asakura-t/20081224#bookmark-11411065“>asakura-t なんかもうね、「権利者が削除要請してないからダウンロード可能状態になっているのであって、よって違法じゃないと思ってた」と言うしかないような気がしてる。

結論から言うと、上記asakura-tさんのような論法はほぼ通用しません。なぜ通用しないかを知るためには、上記「情を知って」という文言が法律上どのように扱われているかを知る必要があります。

法の不知は宥恕せず

「法の不知は宥恕ゆうじょせず」という法学上の格言があります。これは、現在の刑法第38条第3項 法律を知らなかったとしても、そのことによって、罪を犯す意思がなかったとすることはできない。 に生きる規定ですが、刑法に限らず他の法律でも法体系全体を貫いて採用される原則です。「人を殺したら罪になるとは知らなかった」というのは、それがたとえ本当であったとしても通用しません。同様に、ダウンロード違法化後は「違法に複製された物を私的使用のためにダウンロードすることは違法だとは知らなかった」という釈明は通用しないのです(ここでは、刑事訴訟と民事訴訟との違いはあるが、法体系全体を貫く原則であることから細かい違いは無視します)。たとえ、どんなに細かく、事実上国民の大部分が知らない規定であったとしても、この原則は適用されます。

有名な例として、覚せい剤取締法をめぐる最高裁判決があります(最高裁判所昭和33年10月15日判決 昭和30年(あ)871号)。
覚醒剤の使用は戦中は合法とされていましたが、戦後、中毒患者がするなど社会問題化し、1951年に覚せい剤取締法が施行され、違法になりました。さらに、1954年にはその刑を重くする改正が行なわれました。この改正法は同年5月31日に国会で成立し、6月12日付の官報で公布されました。同法には「この法律は、公布の日から施行する」と規定されていました。
さて、このとき、公布された当日の午前9時に広島県で覚せい剤取締法違反で逮捕された人がいました。その人は改正後の法律に基づいて重い刑を求刑されましたが、被告人は「公布の日から施行すると言っても、当日午前9時に広島県ではまだ官報を入手する方法もなかった。このような状況で改正後の法律に基づいて処罰されるのはおかしい」と主張したのです。
最高裁判所はどのように結論を下したか。判決では「法律は、国民が知ることが出来る状態になったときに公布されたものとみなすことができる。この日、最も早く官報を手に入れることができた東京の官報販売所では朝8時30分から官報を入手可能だったので、このときに公布されたとみなせる。よって、それ以降の午前9時に広島県で逮捕された人は、たとえその地域ではまだ官報が入手できる状況になかったとしても、改正後の法律で処罰される」と結論づけました。これほどに、「違法になるとは知らなかった」という主張は法律の世界では通用しないのです。

「情を知って」の意味

では、ダウンロード違法化の条文で「情を知って」とは何を意味するか。これは「複製元が作られた事情を知っていて、それが著作権法上違法とされる方法に当てはまった場合」と翻訳できます。

「AさんがCDショップで正規に販売されている音楽CDを購入し、Bさんに貸しました。Bさんは個人または家庭内で使用する目的のためにこれをコピーしました。BさんはこのコピーしたCDを妹のEさんに貸し、Eさんはそれを学校で文化祭の時に踊るダンスのBGMに使用しました(ダンスの実演は入場無料の会場で行われました)。Eさんの学校の教師Fさんはこの様子をビデオカメラで撮影し、映像をDVDにして、卒業式のときに卒業生に記念品として配りました。卒業生のFさんはこれをもらったのですが、不注意からそのDVDを割ってしまったので、同じく卒業生のGさんからこのDVDを借りて、個人的に使用するためにコピーしました。」

こんな例があったときに、FさんがDVDをコピーする行為は私的複製に該当します。仮にFさんが上記の事情をすべて知っていたとします。現行法では知る知らないに関係なくFさんのコピーは合法ですが、ダウンロード違法化後は、上記の行為のうちどこかに違法行為があれば「違法」とされてしまうのです。前回エントリでhttp://jillesa.net/blog/2008/12/fault-of-illegalizing-1/“>違法でないかをすべての条文にわたって検証しないと、私的複製は出来なくなると主張したのは、このような理由からです。

ダウンロード違法化の問題点1 : 他の権利制限規定との兼ね合い

2008年12月23日 火曜日

著作権法では、著作権者に複製権その他、他者が利用するにあたって許可を必要とする権利を与えていますが、その一方で、許可が無くても利用することができるとする「権利の制限」規定を設けています(著作権法第30条 – 第50条)。よく知られているものとしては「引用(第32条)」「営利を目的としない上演等(第38条)」、普段なかなか見かけないものとしては「教科用拡大図書等の作成のための複製等(第33条の2)」「放送事業者等による一時的固定(第44条)」などがあります。私的使用のための複製もこの第30条で定められています。

第三十条  著作権の目的となつている著作物(以下この款において単に「著作物」という。)は、個人的に又は家庭内その他これに準ずる限られた範囲内において使用すること(以下「私的使用」という。)を目的とするときは、次に掲げる場合を除き、その使用する者が複製することができる。(以下略)

さて、これらの制限規定は、すべて複製元が違法に複製されたか否かを問題にしてきませんでした。たとえば、報道番組で事件現場から放送をしたとします。そのときに現場で近くの店から音楽が流れてきていたとして、その音楽が違法コピーかどうかは関係なく、この放送は「時事の事件の報道のための利用(第41条)」として認められます。このように定められているのは、「元々が違法かどうかを確かめていたら、結局その確認のために許可を取るのと同じくらいの手間がかかって、自由に使えると規定した意味がない」というような事情が考えられます。

ところが、今回のダウンロード違法化では、違法に録音録画したものから私的使用のための複製をすることは、第30条の規定の対象から外すという趣旨の法改正が行なわれます。これが行なわれると、これまでは、上記の条文に当てはまる複製だったら、ほかのことを全く確認してもよかったのが、改正後は逆に違法でないかをすべての条文にわたって検証しないと、私的複製は出来なくなることになります。事実上、http://law.e-gov.go.jp/cgi-bin/idxselect.cgi?IDX_OPT=1&H_NAME=%92%98%8d%ec%8c%a0%96%40&H_NAME_YOMI=%82%a0&H_NO_GENGO=H&H_NO_YEAR=&H_NO_TYPE=2&H_NO_NO=&H_FILE_NAME=S45HO048&H_RYAKU=1&H_CTG=1&H_YOMI_GUN=1&H_CTG_GUN=1“>著作権法の全条文に精通していないと、私的複製をした結果違法とされてしまう可能性は振り払えません。

この結果起こりうるのは、著作権法上認められた権利であるはずの私的使用のための複製が、「もしかしたら違法かもしれない」と過度に萎縮することによって、無実化してしまうことです。

また、ほかの制限規定が「条件に当てはまればほかは関係なくOK」なのに対して、「条件に当てはまっても複製元が違法かどうか確認できないとNG」という新たなタイプの制限規定を作ることになります。このような法制度上の大転換を導く法改正にあたって、法制上の検討が充分であるかどうかについても疑問が残ります。

ダウンロード違法化に反対する4つの側面

2008年12月18日 木曜日

2007年12月26日に開催されたシンポジウム「http://miau.jp/1198921759.phtml“>ダウンロード違法化の是非を問う」は、会場には行けなかったのでUstreamで必死こいて聞いた。

聞いたあと、床に散らばった10枚のA4のメモをかき集めて書いたのがhttp://d.hatena.ne.jp/illegal-site/20071226/p1“>その日のエントリだった。多分11時過ぎにはアップできていたと思う。シンポジウムのまとめとしては、最も活用されたのではないかと密かに自負している。

その後今に至るまで、ダウンロード違法化に反対する言説が様々に提出されたのを眺めてみると、だいたいの意見は、当日パネリストとして発表した津田大介・小倉秀夫・池田信夫・斉藤賢爾の各氏の考え4つに集約されるように思える。

津田大介氏は、ダウンロード違法化の方針が決まるまでの手続きの不透明さを問題にした。パブリックコメントが実施されて、反対意見が多数を占めたにもかかわらず方針が決定されたこと。そもそもダウンロード違法化が私的録音録画小委員会の話し合う範囲であることに対する疑問といった点を指摘していたと思う。

小倉秀夫氏は、この法律が保護しようとするものに比べて、阻害されるものが余りにも大きいという法制上の問題点を指摘した。極端な例としては、違法ダウンロードしていないかを調べるという名目で、個人の所有するコンピュータの内部を白日の下に晒す権力が与えられてしまうという趣旨のことを述べていたと思う。

池田信夫氏は、経済的な面からダウンロード違法化が経済全体にとってはマイナスになることを主張した。研究によればファイル共有ソフトによって海賊版が共有されても、経済全体にとっての便益と損失はほぼプラスマイナスゼロで、それに消費者が得をした分を加えれば、経済全体にとってはファイル共有ソフトがあった方がいいという主張だった。ダウンロード違法化を推進する根拠の大半は経済的損失を主張するものであるので、この点から反論ができるのは、議論を闘わせるならば有効に働いたと思う。

斉藤賢爾氏は技術的な面からその困難さを指摘した。「『情報は複製されることで初めて価値を生む』『ダウンロード違法化は、情報の価値を制限する』」というまとめは、情報を伝達するために有体物の移動を必要としなくなった現在のネットワークのあり方と現行著作権制度とのバッティング部分を端的に表していると思う。

で、以後出てくる違法化反対論は、おおむねこのどれかに収まっていると私は考えている。当時はよく分からない人選だと考えていたのだが、今改めて見直すと素晴らしいバランス配置だったと思う。

なお、「どの立場からのアプローチが最も有効か」とかそういう議論をするのは内部対立をするだけでダウンロード違法化の阻止に余り役立たないように思えるので、やらない方がいいと思う。

2007年12月17日のこと

2008年12月18日 木曜日

「ダウンロード違法化」の方針は2007年10月頃初めて知った。パブリックコメントのころから注目し始めて、MIAUの活動なんかも追っていた。パブリックコメントには違法化反対の趣旨を書いて送った。

当然、パブリックコメントのの結果を受けて何回か議論するんだろうと思っていたら、2007年12月17日の小委員会で、パブリックコメントの結果について検討することもなくダウンロード違法化が規定事項とされた。最初に見たのはITMediaだったかimpress Watchだったか。とにかく、見た瞬間怒りにはらわたが煮えくり返りまくって、気づいたらillegal-site.orgを取得するまではあっという間だった(このとき、最初は連絡先アドレスを自分のものにしておこうと思っていたのだが、Digirockに任せるオプションがあることに気づいてそれにしておいた。後からSlashdotでネタにされたときに、WHOISの結果を嬉々として貼るような輩が出てきたので、この選択をしておいて本当によかったと思う。)。

とにかく、「お前らのいう『違法サイト』がどんなもんか見せてやるよ!」といった感じで、コンテンツの大半はその日のうちに書き上げた。関連ニュースやブログは次々上がってきていたので、初日はそれらをガシガシトップページに貼っていったら、novtan別館が補足してくれて、そこからはてなブックマークが伸び始めた。で、それまで6hotサイトしか作っていなかった人間が、翌日に100overブクマと20,000overのアクセスに恐れおののくことになった。私には、あの日の空気は非常に熱く感じた。みんなが口々にダウンロード違法化について語り、片端からはてブのホットエントリー入りしていた。「文化庁は違法サイトだった!」と言うことを強引にこじつける1ネタしか持たないサイトに注目してもらえたのも、あの熱い空気があってのことだったと思う。

WordPress2.7

2008年12月17日 水曜日

2.6.x以前と比べ、ダッシュボードがまるっきり変わっててビックリした。

明日からエントリ書きます。