ダウンロード違法化の問題点1-1 : 「情を知って」の「情」とは何か

はてなブックマークでのコメント

前回エントリについて、はてなブックマークでコメントをいただきました。

dambiyori 著作権 ここで「情を知って」が生きてくる?

asakura-t なんかもうね、「権利者が削除要請してないからダウンロード可能状態になっているのであって、よって違法じゃないと思ってた」と言うしかないような気がしてる。

結論から言うと、上記asakura-tさんのような論法はほぼ通用しません。なぜ通用しないかを知るためには、上記「情を知って」という文言が法律上どのように扱われているかを知る必要があります。

法の不知は宥恕せず

「法の不知は宥恕ゆうじょせず」という法学上の格言があります。これは、現在の刑法第38条第3項 法律を知らなかったとしても、そのことによって、罪を犯す意思がなかったとすることはできない。 に生きる規定ですが、刑法に限らず他の法律でも法体系全体を貫いて採用される原則です。「人を殺したら罪になるとは知らなかった」というのは、それがたとえ本当であったとしても通用しません。同様に、ダウンロード違法化後は「違法に複製された物を私的使用のためにダウンロードすることは違法だとは知らなかった」という釈明は通用しないのです(ここでは、刑事訴訟と民事訴訟との違いはあるが、法体系全体を貫く原則であることから細かい違いは無視します)。たとえ、どんなに細かく、事実上国民の大部分が知らない規定であったとしても、この原則は適用されます。

有名な例として、覚せい剤取締法をめぐる最高裁判決があります(最高裁判所昭和33年10月15日判決 昭和30年(あ)871号)。
覚醒剤の使用は戦中は合法とされていましたが、戦後、中毒患者がするなど社会問題化し、1951年に覚せい剤取締法が施行され、違法になりました。さらに、1954年にはその刑を重くする改正が行なわれました。この改正法は同年5月31日に国会で成立し、6月12日付の官報で公布されました。同法には「この法律は、公布の日から施行する」と規定されていました。
さて、このとき、公布された当日の午前9時に広島県で覚せい剤取締法違反で逮捕された人がいました。その人は改正後の法律に基づいて重い刑を求刑されましたが、被告人は「公布の日から施行すると言っても、当日午前9時に広島県ではまだ官報を入手する方法もなかった。このような状況で改正後の法律に基づいて処罰されるのはおかしい」と主張したのです。
最高裁判所はどのように結論を下したか。判決では「法律は、国民が知ることが出来る状態になったときに公布されたものとみなすことができる。この日、最も早く官報を手に入れることができた東京の官報販売所では朝8時30分から官報を入手可能だったので、このときに公布されたとみなせる。よって、それ以降の午前9時に広島県で逮捕された人は、たとえその地域ではまだ官報が入手できる状況になかったとしても、改正後の法律で処罰される」と結論づけました。これほどに、「違法になるとは知らなかった」という主張は法律の世界では通用しないのです。

「情を知って」の意味

では、ダウンロード違法化の条文で「情を知って」とは何を意味するか。これは「複製元が作られた事情を知っていて、それが著作権法上違法とされる方法に当てはまった場合」と翻訳できます。

「AさんがCDショップで正規に販売されている音楽CDを購入し、Bさんに貸しました。Bさんは個人または家庭内で使用する目的のためにこれをコピーしました。BさんはこのコピーしたCDを妹のEさんに貸し、Eさんはそれを学校で文化祭の時に踊るダンスのBGMに使用しました(ダンスの実演は入場無料の会場で行われました)。Eさんの学校の教師Fさんはこの様子をビデオカメラで撮影し、映像をDVDにして、卒業式のときに卒業生に記念品として配りました。卒業生のFさんはこれをもらったのですが、不注意からそのDVDを割ってしまったので、同じく卒業生のGさんからこのDVDを借りて、個人的に使用するためにコピーしました。」

こんな例があったときに、FさんがDVDをコピーする行為は私的複製に該当します。仮にFさんが上記の事情をすべて知っていたとします。現行法では知る知らないに関係なくFさんのコピーは合法ですが、ダウンロード違法化後は、上記の行為のうちどこかに違法行為があれば「違法」とされてしまうのです。前回エントリで違法でないかをすべての条文にわたって検証しないと、私的複製は出来なくなると主張したのは、このような理由からです。

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